顔面神経麻痺の治療
笑顔を取り戻す
顔面神経麻痺とは、原因不明の病気で治療法も確立されておらず悩み続ける患者さんが多くいました。しかし、原因や治療の確立が少しずつ進み、顔面神経麻痺の治療ガイドラインが作成、さらに改訂版として2023年版が公開されました。
顔面神経麻痺の最大の目標は、「笑顔を取り戻す」ことです。
顔面神経麻痺とは
顔面神経麻痺は、ある日、突然、片方の目が閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったり、お茶を飲んでも口元からこぼれたり、自分の顔が歪んでいるように見える病気です。
顔面神経麻痺を引き起こす原因となる病気のうち、約70%は、ベル麻痺とハント症候群と呼ばれる病気です。
顔面神経麻痺のメカニズム
ベル麻痺、ハント症候群は、近年、初感染時に膝神経節に潜伏感染したHSV-1:単純ヘルペスウイルス1型が再活性することにより発症すると考えられています。
膝神経節とは、頭蓋骨の中にある顔面神経管という骨のトンネルの中にある顔面神経の束だと思って下さい。
顔面神経は、再活性したウイルスにより、神経炎を生じて腫脹し、細い骨性の管である顔面神経管の中で絞扼されます。この状態は、顔面神経の虚血を進め、浮腫を増悪させ、神経の腫脹がさらに進行してしまいます。この悪循環によって顔面神経の障害が進行して麻痺が生じ、さらに神経変性へと進行するものと考えられています。
顔面神経麻痺の検査
40点法(柳原法)
40点法(柳原法)とは、顔面神経麻痺の症状が現れるベル麻痺とハント症候群の麻痺を評価する目的で作成された評価法で、顔面各部位の動きを評価し、その合計で麻痺程度を評価する方法です。
評価は、安静時の左右対称性と、9項目の表情運動を
- 4点(ほぼ正常)
- 2点(部分麻痺)
- 0点(高度麻痺)
の3段階で評価し、40点満点で
- 10点以上:不全麻痺
- 8点以下:完全麻痺
と定義しています。
あるいは、
- 20点以上:軽症
- 18〜10点:中等度
- 8点以下:重症
20点以上を軽症、18〜10点を中等度、8点以下を重症としています。
表情運動とは、
- 額のしわ寄せ
- 軽い閉眼
- 強い閉眼
- 片目つぶり
- 鼻翼を動かす
- 頬を膨らます
- イーと歯を見せる
- 口笛を吹く
- 口をへの字にまげる
の動作のことです。
誘発筋電図
顔面神経麻痺において、神経変性の程度を把握する検査では、検査法の簡便性、検査時間の長さ、予後早期診断法としての正確性から表面電極による記録を用いた誘発筋電図(ENoG)が最も正確な検査法として用いられています。
ベル麻痺とハント症候群の場合、障害部位は膝神経節であるが、電気刺激が可能な茎乳突孔より末梢において神経変性が完成するには7日〜10日を要するので、この期間には正確な予後診断はできず、それ以降の時期に検査が必要となります。
顔面神経麻痺の病態を把握する基準は以下の通りです。
- ENoG値 ≧ 40%:軽症
発症1週間は著名な回復は起こらないが、4〜6週間で治癒し後遺症は残らない - 40% > ENoG値 > 10%:中等度
軸索断裂再生繊維は、1日1mmのスピードで再生し、表情筋に達する3ヶ月ほどで麻痺はある程度回復する。しかし、神経断裂繊維が表情筋に到達しはじめる4ヶ月以降に少し後遺症が出現する。 - ENoG値 < 10%:重症
再生繊維が表情筋に到達する3〜4ヶ月以降に回復が始まると同時に病的共同運動や顔面拘縮など、機能異常あるいは後遺症も出現してしまう。
ベル麻痺
ベル麻痺とは、顔の筋肉を動かす神経である顔面神経が急に機能しなくなり、まぶたが閉じられなくなったり、口元が垂れ下がったりする原因不明の顔面神経麻痺です。
ベル麻痺の占める割合は、顔面神経麻痺の中で、約55%と最も多くみられる病気です。
日本顔面神経研究会が提唱する顔面神経麻痺のガイドラインでは、ベル麻痺の原因のほとんどが1型単純ヘルペスウイルスとしてあげられています。また、そのうち一部、重症になりやすい水疱のあらわれない無疱疹性帯状疱疹が10〜20%含まれています。
ハント症候群
ハント症候群とは、耳性帯状疱疹ともいわれ、片側の耳介、外耳道およびその周囲、もしくは軟口蓋(口の中)に痛みを伴う水疱(帯状疱疹)と共に、顔面神経麻痺と難聴や耳鳴り、めまいが現れる病気です。
顔面神経麻痺の中では、約14%の割合を占めています。
ハント症候群は、難聴も顔面神経麻痺も症状が非常に強く出てしまうため、完全には治りにくい病気で、発症から一日でも早く治療にとりかからなければなりません。
ハント症候群は、顔面神経麻痺と難聴が併発する病気
ハント症候群の原因は、水ぼうそうです。
多くは子供の頃にかかった水ぼうそうのウイルスであるVZV(水痘帯状疱疹ウイルス)が神経節(神経細胞が集合している場所)にひっそりと住み着き続け、免疫力が低下した時に再活性するからです。
麻痺の後遺症
顔面神経麻痺の後遺症には、
- 病的共同運動
- 顔面の拘縮
- ケイレン
- ワニの涙
- アブミ骨筋性耳鳴り
などがあり、麻痺発症4ヶ月頃から発症することが多いです。
病的共同運動
病的共同運動とは、後遺症の中で最も多くみられる症状で、会話や食事中に口の動きと同時にまぶたがぱちぱちと動いてしまう、またはその逆に、目を閉じようとしたときに口元が一緒に動いてしまう現象です。これは、神経再生時に、隣接する神経線維が誤ってつながれてしまうこと(迷入再生)により過誤支配が起こるからです。
顔面の拘縮
拘縮とは、顔のこわばりのことです。後遺症として麻痺が残っているだけでなく、筋肉が固くなって余計に動かしにくくなります。
拘縮は、病的共同運動同様、迷入再生による過誤支配により、拮抗筋同士の収縮が考えられます。
けいれん
けいれんは、自分の意志と関係なく、眉毛や、口元のあたりなどが勝手にピクピクと動いてしまうことです。けいれんは、再生線維の髄鞘形成が不十分であるために絶縁を失った神経線維間でショートしてしまうエファプス(=非シナプス結合)が起こり、刺激が隣接する複数の軸索に伝達されるからです。
ワニの涙
ワニの涙は、顔面神経麻痺により、食事中、涙が出てしまう現象で、表情筋運動線維と、涙を出すための分泌副交感神経線維が神経伝達の方向を誤ってしまうために起こります(迷入再生による過誤支配)。
アブミ骨筋性耳鳴り
アブミ骨筋性耳鳴りは顔面の表情筋の動きに伴い、不快な耳鳴りが生じる現象です。
これは、表情筋支配の運動線維と、アブミ骨筋神経線維の過誤支配によるものです。
顔面神経麻痺の治療
耳鼻科、脳神経外科等での顔面神経麻痺に対する治療は、ほとんどが、抗ウイルス薬とステロイド投薬または服用となります。発症から2週間ほどがこの治療となりますが、それ以降はほとんど意味のない治療で自然治癒に任せるのみです。
また、例外として、顔面神経麻痺に精通している医師の場合、発症1週間以降2週間以内の高度麻痺で40点法で8点以下、ENoG値で10%以下、内科的治療が無効であると判断された場合、顔面神経減荷術という手術をおこなうことがあります。
治療上の注意点
顔面神経麻痺に対する治療では、上記の他に、セルフケアとして表情筋伸張マッサージを指導される場合があります。しかし、ほとんどの患者さんが丁寧な説明がなく、わからないまま自分でもやらなくなることがほとんどです。だからこそ、専門の治療家が丁寧に、適切に治療する必要があります。
治療中の注意点としては大きく2点あります。それは
ENoG値 < 40% {または40点法(柳原法)で発症4週間で10/40 点以下の場合
- 意識して大きく動かす強力な随意運動
- 顔面神経部への低周波療法
は、粗大で強力な筋収縮を誘発するために神経断裂繊維の迷入再生も促進してしまい、病的共同運動の原因になってしまいます。さらに、顔面神経核の興奮性亢進をいっそう促進して筋短縮による顔面拘縮を助長してしまうため禁止されています。
当院での、顔面神経麻痺に対する治療は、この病気の特性、ガイドラインを基に、適切な治療を組み立てます。
治療としては、首や肩周りで顔面神経の血流を阻害している要因を探し、正しい血流循環に戻すことを目的としています。その結果、神経再生、麻痺改善の手助けになるよう心掛けています。
顔面神経麻痺に関する詳しい治療法、ご相談はお気軽にご連絡下さい。